イェライシャの結界

本や漫画、アニメの感想

坂の上の雲

「まことに小さな国が、開花期を迎えようとしている」

のくだりからはじまる司馬遼太郎の代表作で、

長編物語としては初の近代史とされ全8巻構成になっています。

明治維新後、産業と言えば農業しかなく本当に貧乏で、

その中でも明治の人たちは、

健気なほど明るく日本の未来を信じて生きる姿を描いています。

舞台は明治維新から日本が一気に大国へと急成長する過程です。

当時は帝国主義、植民地支配は当たり前の時代に

北の大帝国ロシア、ざっくりと兵力、資金、戦艦数、

すべての要素2倍の相手にどうしても引けなくなりました。

本来無謀ともいえる戦い日露戦争がこの物語の本舞台です。

(軍事的な見地からは無謀な戦争です。ただ、想像してみてください。旅順港を抑られ、ロシアが南下する気満々で朝鮮半島まで来られたら、もうそれは日本存亡の危機です。ギリギリまで戦争回避を模索しますがかないませんでした。ただ始めると腹をくくってからも当時明治政府、軍部はリアリストの集まりでした。短期決戦ちょっと勝っているぞとみせて、速攻で仲裁をアメリカに打診するシナリオで始めたのです。完勝なんて誰も考えていませんでした。この同じ国がアメリカとやりあうのだから明治の人はWW2の首脳陣、軍部をあの世で叱り飛ばしているでしょう)

(また著者は、ギリギリ瀬戸際で日露戦争で勝ったくせに、賠償金がさほどもらえなかったことへ日本国民が間違った不満を持ったことと、戦争は戦勝国になれば儲かるものと錯覚させたことが後の不幸の大戦な引き起こしたと可能性を示しています)

 

著者は作中の主人公に伊予松山に生まれた秋山兄弟と正岡子規を選びました。

この大戦にあえて国を代表しない人を選んだのは物語を読めば伝わります。

私には国を強く思い研鑽した人間にしか偶然が訪れる機会なんかなく、

当時の日本人の明るく逞しい姿と無鉄砲さが伝わりました。

タイトルの坂の上の雲は最後に記されます。

そこで人それぞれの感慨にふけると思います。

ja.wikipedia.org

秋山兄弟の兄好古は陸軍騎兵隊創設者となり、

当時世界最強とうたわれたロシアコサック騎兵軍団と対等以上に渡り合います。

弟真之より軍事的な貢献度は兄好古が勝ると個人的に思っています。

旅団程度の戦力で戦線左翼を守り、コサック軍団を防いだだけでなく、

騎馬兵ならではの機動力を生かした敵後方攪乱が、

敵将の判断を狂わせたと思っています。

秋山真之は海軍参謀となり東郷平八郎の幕閣に加わり、

有名なT字戦法と周到な備えで強力なロシアバルチック艦隊日本海に破りました。

ここは結構美談になりがちですが、

ロシア艦隊は喜望峰を回って大遠征してきたわけで、

途中の補給も世界中の港を牛耳る英国の嫌がらせで補給に難渋し、

実際、日本にたどり着いただけで賞賛されるもので、

疲れ切りウラジオストックへまっしぐらに辿り着きたい、

とても真っ向からドンパチやらかす気力がなかったと思います。

(ここで勝ちすぎたのが後の日本軍の迷走につながったと著者は暗示しています。海軍連合艦隊解散式に勝って兜の緒を締めよって言ったのにって本当に思います。)

 

真之は元々幼少はガキ大将のくせに文才と絵心を持つ不思議なキャラで、

真冬に窓から放尿にして「しんすれば凍えるあそこかな?忘」なんて歌ってます。

抜群の頭脳は沈思能力と直観力、洞察力を併せ持ちますが変人っぽいです。

幼少期に寺へ出されるのを防いでくれた兄には終生頭が上がりません。

正岡子規文人、新聞記者。真之の幼馴染にして竹馬の友。

近代文学における短詩型文学を確立した功績があります。

柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」が有名ですね。

友真之の活躍をうらやましがりながらも自分は病に侵されてしまいます。

想像を絶する激痛を伴う病で急追。

文学仲間に夏目漱石がいます。

 

この物語を戦略的振り返り帰ると戦争とは戦略、兵站が重要と思い知ります。

T字戦法なぞ所詮戦術レベルで、(NHKのこの時歴史が動いたで見ましたが呆れました)海軍は山本権兵衛の構想力(艦船の準備、人材登用)と砲弾等の兵站が十分にあったことが勝因につながったと思います。

その点、陸軍は兵站がよーいドンでカラッ欠になり大慌てで本国から朝鮮半島、中国、ロシアの戦地に送っています。あと少し児玉源太郎が旅順に来るのが遅ければ、乃木将軍(参謀が酷過ぎた)も厳しい局面になっていました。実際ここも小説で美談とされてますが、敵要塞を攻めるのは基本的に正面突撃ぐらいが実際じゃぁないかと思います。

また、別に旅順要塞などどうでもよく、ロシア旅順艦隊さえ叩き出せれば要塞をシカトして良かったと思うんだけど、陸、海の協調性のなさが指摘できると思います。

ロシアもお家芸の敵を陣中深く入れる戦略をとります。これって本当に嫌らしい作戦ですよね。WW2でドイツがこてんパンにやられます。日露戦争でドイツは学ばなかったのだろうか不思議です。補給は伸び切るは、軍の掌握も難しい。足背突かれたらたまったものじゃない。銀河英雄伝説ではラインハルトがもっとあざといやり方を実行しています。

バルチック艦隊が逃げを打ってまともに戦わなかったのは、かなりの艦船さえウラジオストックに辿り着ければ、後は日本海で補給路の邪魔をすればいいわけですから、戦略的にありだと思います。WW2の日本軍は規模は全然違いますがアメリカに補給路を断たれ前線は枯渇しました。

 

<まとめ>

私は「竜馬がゆく」で司馬遼太郎を知り魅了されこの本を手に取りました。20台前半だったと思います。私の体も精神も発達が遅く(20過ぎても背が伸びていた)この頃に影響を受けた思想に染まった気がします。当然パヨさんなんて大嫌い。

しばらくして、一部上場の企業に地方の企業の私が技術担当係長で折衝していました。うちの技術部長も営業部長もどっちかというと団塊世代先頭のパヨちゃんでした。ところが、先方のトップ営業部長さんが「坂の上の雲」の信奉者で、この本を読んだことがない奴は日本人にあらずみたいな方でした。実際前の商談相手罵倒されてましたから。「おい君は読んだかね」と聞かれ、「はい愛読書です」(でまかせでした。4巻ぐらいだったと思います。その後速攻で読んだのは言うまでもありません。)と答えたあたりから見込まれて、その後スムーズに運び私も出世させていただきました。そういえば向こうの技術部長さんも飛び切り頭の切れる方で、優秀校から余裕で東大と言われた方でしたが活動家がうるさいから嫌だと名古屋の大学を選んだそうです。プロジェクトの営業部長と技術部長二人の組み合わせがなんとなく分かりました。

そんな訳で物語には不謹慎ですが良い思いをした一冊です。

息子二人の次男坊に真之とつけました。高校球児から社会人になりましたが、頭脳系ではなく筋肉ゴリラに育ちました。(身長は小さく敏捷までは一緒)

 

<余談>

近所の神社に日清戦争日露戦争、WW2の戦没者碑があります。ガキの頃その碑を相手にボールをぶつけたりして遊び相手にしていました。大人になってから知りお詫びしました。英霊よ安らかに。どうも子孫がだらしなくて申し訳ないと思っています。